東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)86号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続きの経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであると認められる。
本願考案は管締付金具に関するものである(昭和五五年三月二八日付け手続補正書、以下「補正書一」という。三枚目第一二行)。管締付金具は既に公知である。管締付金具としては、管の外径に多少の変動があつても、締付金具が常に真円の形状を保持し、管の円周方向にわたつて各部均等に緊締することが望ましい。ところが、従来例は、このような要望に応じ得る締付金具が少なく、まれにこのような要望に応じ得るものがあつても、その締付金具は、その他の点で重大な欠点をもつていた(補正書一、三枚目第一三行ないし四枚目第二行)。例えば、弾力性に富む金属板の管締付金具において、弾性作用を平均化するため金属板に切抜孔を穿設すると、金属板の応力が弱まる。そこで、締付力を出すため、広幅厚肉の金属板を使用しなければならぬこととなり、不経済である。また、円筒状金属板にリム部を対称に形成し、リム部の高さを中央から両端に至るに従つて、次第に小さくした場合、リム部の形成は、リムの周縁を無理に引き延ばすことになるので、周縁において亀裂が生じやすくなるという欠点がある。他方、開きを常に真円状に保持しようとした物品として、C型止め輪があり、これは中央部の肉厚を大きくし、両端に近づくに従つて順次肉厚を小さくしているものである。しかし、管締付金具では両端に重なり合う部分を設け、各端を外方に向けて折曲し、そこに摘みを設けなければならず、そして、摘みを近づけることにより、内部が開くようにしなければならない。そのため、重なり合う部分を幅方向に切欠し、一方が他方の中に入り込む必要がある。だから、幅の大幅な変化が必要となり、したがつて、C型止め輪のように両端まで、順次肉厚を減少させることができなかつた(補正書一、四枚目第四行ないし五枚目末行)。
本願考案は右知見に基づき、管締付金具にあつては、前記の重なり合う部分が両端の一部局に限られるので、中央の肉厚を変えるだけで、開きを大体常に真円状に維持できることを発見し、金属板の厚さを変えることによつて、金属板の円周方向における各部の締付力を平均化することを目的とし(補正書一、六枚目第一行ないし第八行)、実用新案登録請求の範囲(前記本願考案の要旨)記載のとおりの構成を採用した(昭和五七年一〇月一九日付け手続補正書、以下「補正書二」という。七枚目)。
そして、右構成を採用することによつて、管締付金具の中央部は湾曲度の変形に対する抵抗が大きく、両端に行くにしたがつて次第に小さくなつているので、開いていても常に真円に近い状態を維持することができ、また、材料が針金でなく板であるため、平面で管と接触することとなり、したがつて管の直径が多小変動しても、管の円周方向にも軸方向にも広い範囲にわたり各部均等の締付力で管を押圧することになり、管からの流体洩れを有効に防ぐことができ、また、管を局部的に傷めることが少ない。さらに、本願考案は金属板をそのまま使用しており、金属板に孔をあけて締め付け力を弱めていないので、少ない材料で有効な締め付けを行うことができるという作用効果を奏するものである(補正書一、一一枚目第三行ないし一二枚目第一〇行、補正書二第四頁第一四行ないし第六頁第七行)。
(二) 一方、原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例には、管締付金具の従来例として「弾力性に富む金属板を円筒状に湾曲して両端を重ね合わせ部分を幅方向に切欠して一方を他方の中へ入り込ませて交差させ、両端に外方に突出する摘みを設けたもの」があつたが(別紙図面(二)第5ないし第8図)、これは局部的塑性変形が大きく緊締力が低下し易いという欠点がある(第一引用例明細書第二頁第九行ないし第三頁第八行)ので、第一引用例記載の考案は右欠点を除去することを目的として(同第三頁第九行、第一〇行)、金属板等の弾性資材を環状に形成し、連成する資材の両端に挟圧片(1)(1)′を設け、該環状の円周各部を均等に弾性橈みせしめる調整孔(3)の穿設、及び任意形状(4)の板幅にして成るホースクランプ金具なる構成(同第二頁第四行ないし第八行)を採用したもので、右構成を採用することにより、管締付金具の局部的塑性変形がなくクランプ部全周面において弱圧接部を生じることなく気密に締付けができるという作用効果を奏するものである(同第四頁第一行ないし第八行)と記載されていることが認められる。
また、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例記載のものは、弾性力を有するホース締付け具1リング周部2で均一な締付け力が得られるように、該ホース締付け具1の略上半部分を略橢円断面形状3に押圧成形し、これを真円形状にしてなるホース締付け具であることが認められる。
2(一) 原告は、「審決は、第一引用例の記載を摘示するに当り、第一引用例記載の考案は、材料として同じ厚みの金属板を用いているということを看過している。」旨主張する。
しかしながら、前記審決の理由の要点によれば審決が本願考案との対比で第一引用例から引用した事項は、従来例に関する「弾力性に富む金属板を円筒状に湾曲して両端を重ね合わせ、重ね合わせ部分を幅方向に切欠して一方を他方の中に入り込ませて交差させ、両端に外方に突出する摘みを設けた管締付金具」の点、及び第一引用例記載の考案に関する「弾力性に富む金属板が用いられていて、各部均等の締付力で管を押圧すべく、中央部から摘み側に向つて除々に橈み易くする手段が施されている管締付金具」の点であり、これらのことは前記1項で認定したとおりいずれも第一引用例に記載されていることであつて、第一引用例記載の考案における金属板が同じ厚みのものであるとの点は、本願考案との対比に当り問題とすべき事項ではなく、審決の、第一引用例の記載摘示に誤りはない。
また、原告は、「審決は、第二引用例の記載を摘示するに当り、材料として針金を用いているということを看過し、かつ、針金であるから厚みといえるものがないのに、厚みという概念を恣ままに作り上げ、「厚みが縮小するようにする」ことが記載されていると誤つて認定した。」旨主張する。
しかしながら、前記審決の理由の要点によれば、審決が第二引用例から引用したのは、「リング状の管締付具において、均一な締付力が得られるように、摘み側に向かつてリングの厚みが次第に縮小されている。」との点であり、第二引用例記載のものの素材が針金であることは、本願考案との対比に当り問題とすべきことではない。また、前掲甲第六号証によれば、第二引用例の実用新案登録請求の範囲には「ホース締付け具1の略上半部分を略橢円断面形状3に押圧成形し」との記載があり、その第1図ないし第5図(別紙図面(三)参照)の記載からすると、ホース締付け具1の略下半部分は円断面形状で、略上半部分が略橢円断面形状であるものと認められ、円の直径、橢円の短軸の長さをそれぞれ厚みと解することができ、橢円の短軸の長さが円の直径より小さいため、ホース締付具の下半部分から上半部分へ向かつて厚みが次第に縮小されているものと認められるので、審決の第二引用例の記載事実の認定に誤りはない。
したがつて、本願考案との対比に当り引用された第一引用例及び第二引用例の記載事項の摘示について、審決に、看過、誤認は認められない。
3(一) 原告は、「横断面が円形の針金を素材として用いた第二引用例記載のものは、幅が狭いため、第一引用例記載の考案のように摘み部分を挿入構造にすることや、金属板に調整孔を設けることができない。また、第二引用例記載のものは、断面が円形又は楕円形であるため、一本の線の部分で管と接触するにすぎないから、第一引用例記載の考案のように広い面で管を押さえることができず、締付けが不完全である。他方、第一引用例記載の考案の素材は金属板であるから、これを押圧して断面形状を変形させることは容易でなく、特に第二引用例記載のもののように断面を円形又は楕円形にすることはできない。このように、第一引用例記載の考案の調整孔が第二引用例記載のものに適用できないように、第二引用例に押圧成形して断面形状を円形から楕円形状に変える教示があつても、これを第一引用例記載の考案に適用することは容易にできない。」旨主張する。
しかしながら、前記審決の理由の要点の記載から明らかなように、審決は、本願考案の進歩性の判断に際し、第一引用例に記載された従来例、すなわち従来例記載のものを、本願発明と対比判断する基本的引用例とし、両者の相違点について、第一引用例に、従来例記載のものの欠点を除くため、各部均等の締付力で管を押圧できるようにすることが示されていると認定した上、従来例記載のものについて、第一引用例記載の考案と同一の課題のもとに、中央部から両端に向かつて厚みを縮小させるという第二引用例記載のものを適用することは直ちに想定し得る程度のことと判断したものである。したがつて、横断面が円形の素材を用いた第二引用例記載のものに、第一引用例記載のものの摘み部分の構造を採用できないとか、また、一本の線の部分で管と接触するにすぎないから、第一引用例記載の考案のように広い面で管を押さえることができず、締付けが不完全であるとかは、本件について問題とすべき事項ではない。
すなわち、前記二1(二)項認定のとおり、従来例記載のものは、弾力性に富み、広い面で管を押圧することができる金属板を円筒状に湾曲して両端を重ね合わせ、重ね合わせ部分を幅方向に切欠して一方を他方の中へ入り込ませて交差させ、両端に外方に突出する摘みを設け、各部均等の締付け力で管を押圧できるようにした考案であり、この点で本願考案と軌を一にするものと認められ、この従来例記載のものについて、素材の中央から両端に向かつて厚みを縮小させるという第二引用例記載の手段を採用することの困難性が問題とされるのである。
ところで、前記認定事実によれば、第一引用例記載の考案も第二引用例記載のものも、従来例記載のものの欠点を除去すべく、各部均等の締付力で管を押圧できるようにするという共通の技術的課題を達成するために、右各引用例記載の前記構成を採用していることが明らかである。
また、素材である金属板を押圧して断面形状を変えるには大きな力が必要とされるにしても、圧延加工又はプレス加工等の方法により金属板の厚みを容易に縮小し得ることは当業者にとつて自明のことであり、また、従来例記載のものにおいて、その金属板の厚みを縮小できれば足りるのであつて、その金属板の断面を円形又は楕円形としなければならない理由はないものと認められる。そうすると、第二引用例に押圧成形して断面形状を円形から楕円形に変えることの教示を従来例記載のものに適用して、素材の中央部から両端に向かつて厚みを縮小させるということを考案することに格別の困難性を認めることはできない。
(二) 原告は、仮に第二引用例における押圧成形の教示を第一引用例記載の考案に適用したとしても、円筒の中央部の厚みを変えることは容易に想到し得ないものであると主張し、その理由の一つとして
(イ) 「審決が、第二引用例には、管締付具において、各部均等の締付け力で管を押圧できるように、中央部から両端すなわち摘み部に向かつて厚みを縮小させることが示されていると認定したことは誤りである」旨主張する。
しかしながら、前掲甲第六号証によれば、第二引用例の実用新案登録請求の範囲には、「弾性力を有するホース締付け具1のリング周部2で均一的な締付け力が得られるように、該ホース締付け具1の略上半部分を略楕円断面形状3に押圧成形し、これを真円形状に形成してなるホース締付け具」と記載されていることが認められることからして、第二引用例記載のものは略下半部分が円断面形状で、略上半部分が略楕円断面形状であるため、完全に各部均等な締付力で管を押圧するとは認め難いものの、略各部均等な締付け力で管を押圧することを目的とするものと認められ、審決が、「第二引用例には、管締付具において、各部均等の締付け力で管を押圧できるように示されている。」と認定したことに誤りはない。
また、本願考案の要旨とする構成における「中央部」とは、前掲甲第三号証によれば、補正書二第四頁第八行ないし第一二行に「中央部1は金属板を円筒状に曲げたとき、一つの摘み5又は6の基部から円筒を経て、他の摘み6又は5の基部に至るまでの長さの中点の集まりを指している。」と記載されていることが認められることに照らすと、幅をもたない、いわゆる「中心部」の意味であると解されるのに対し、審決が表現した第二引用例記載のものにおける「中央部」とは、前記認定のとおり、第二引用例記載のものは略下半部分が円断面形状で、略上半部分が略楕円断面形状であることからすると、「中心部」ではなく、幅をもつた意味に解され、審決が「中央部」という文言を本願考案と第二引用例記載のものとで異つた意味に用いている点は適切ではないが、第二引用例記載のものにおける「中央部」は右のような意味である限りにおいて、審決が「第二引用例には、(中略)中央部から両端即ち摘み部に向つて厚みを縮小させることが示されている。」と認定したことに誤りはない。そして、前掲甲第五号証によれば、第一引用例には円筒状の金属板の断面形状の変化開始位置を中心部とし、この中心部を最も橈み難く、中心部から両端に向つて徐々に橈み易くした管締付金具が記載されていることが認められるのであつて、右断面形状の変化の仕方について、従来例記載のものについて、板幅を変える代わりに、摘み部に向かつて素材の厚みを縮小するという第二引用例に記載の手段を採用することは、直ちに想定し得る程度のこととした審決の認定、判断に誤りはない。
(ロ) また、原告は理由の一つとして「第二引用例は、素材の厚みを縮小させると同時に幅を拡大させることをも教えているのに対し、本願考案は、金属板の厚みは変えるが幅は変わらない管締付金具を企画しているから、この点において第二引用例の教示に基づいて容易に考案できたものではない」旨主張する。
しかしながら、たとえ本願明細書図面に板幅の変わらないものが明示されていたとしても、この点は前記認定の実用新案登録請求の範囲に記載されていないから、本願考案の要旨となり得るものではなく、本願考案は、厚みが縮小すると共に幅の拡大したものを排除するものではないから、原告の右主張はこの点において失当である。
なお、金属板は幅が拡大すれば橈み難く、厚みを縮小すれば橈み易くなり、幅が拡大しても厚みが縮小すれば、右拡大縮小の程度いかんによつては橈み易くなることは、当業者にとつて材料力学上自明のことであるから、金属板を橈み易くするため、幅を変えることなく、厚みを縮小させるという構成を採用することに格別の困難性を認めることはできない。
したがつて、従来例記載の管締付金具について、各部均等に管を押圧するため、板幅を変える代わりに、第二引用例記載の中央部から両端の摘み部に向つて厚みを縮小するという手段を採用することは容易に想定し得るものであつて、この点における原告の主張はいずれも理由がない。
(三) 原告は、審決の「厚みの縮小する部分を中心角で約三〇ないし一二〇度の範囲にすることは、極端な値でないことからみて、適宜なし得る程度のことといえる。」との認定は、その意味が明確でなく、何故に適宜なし得る程度のことといえるのかを明確にしていない旨主張する。
審決のいう「極端な値」とは前記審決の理由の要点に照らしてみると、「臨界的意義を有する数値」と解するのが相当であると認められる。そして、前掲甲第一ないし第三号証を検討しても、本願明細書には本願考案において金属板の厚みの縮小する部分を中心角で約三〇ないし一二〇度の範囲にしたことにより、どのような卓越した効果を奏するかとの点について、何らの記載も存しないことが認められる。
もつとも、前掲甲第二号証によれば、補正書一の九枚目第七行ないし第一二行には「重ね合わせ部分では、幅の変化により金属板の反撥力が非常に弱められる結果となるので、これ以上厚みを減じて反撥力を弱める必要は全くない。そこで、厚みの変化は、中央部から両側に向つて、中心角三〇ないし一二三度までの範囲でよい。」と記載されていることが認められる。しかしながら、管締付金具が各部均等の締付け力で管を押圧するか否かは、金属板の板厚の変化、曲率半径及び厚みが縮小する中心角の範囲等によるのであつて、金属板の厚みが縮小する中心角の範囲のみによるのではないことは当業者にとつて材料力学上自明のことである。
したがつて、右角度範囲の数値に臨界的意義を認めることができないから、このことは当業者が設計に際して随意行える単なる数値限定にすぎず、適宜なし得る程度のことであると認められる。
4 以上のとおりであるから、第一引用例、第二引用例の記載事項に関する審決の摘示、認定及び相違点についての審決の認定、判断はいずれも正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
弾力性に富む金属板を円筒状に湾曲して両端を重ね合わせ、重ね合わせ部分を幅方向に切欠して一方を他方の中へ入り込ませて交差させ、両端に外方へ突出する摘みを設けた金具において、円周方向の中央部における板厚を最大にし、中央部から両端に向つて対称に板厚を次第に縮小させ、厚みの縮小する部分を中央部から両端に向つて中心角で約三〇ないし一二〇度の範囲とした、管締付金具